北広島町のmanboの自己中な日記です。


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風土プロジェクト食品部門で最も人気のはぶそう茶。このお茶は農薬をまったく使わず真心こめて育てたはぶそうを丹念に焙じて一つ一つ丁寧に作っています。焙じ茶よりも香ばしく、野そう茶よりも甘く、ノンカフェインなので小さなお子様からお年寄りまでおいしくいただけます。
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■風土愛す(アイス)
千代田の道の駅、豊平どんぐり村でも販売中!
■ 本物の味こくまろ有精卵
  バニラプリン※品切れ
■ こっくりお抹茶風味
  はぶそう茶
■ 千代田のプラム
  農薬等をつかわない千代田の梅たっぷり
■ 柑橘の姫君
  ゆず※品切れ
■ とろけるミネラル卵
  生バニラ
■ 豊平・りんご
  豊平のりんごとシナモンの大人のジェラート


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【風土プロジェクト】
自分の食を見直していたら、いつのまにか環境を見直すようになりました。スローライフを愛する仲間たちが日々挑戦を繰り返し、大地を慈しんで作り出すひとつひとつ。自然の恵みを感じていただけたらうれしいです。  
田舎から食品・石けん・布などレアでコアなもの発信してます。

ぴゅあ菜米PRソング、作ってみました。
【ノーライスノーライフ】↓
(お米のない人生なんてナシです!)
http://youtu.be/vM5L0SXtCN4

石けんショップ「サボナーズ」
石鹸・石鹸素材・布ナプキン・ウエアなど、お手ごろ価格で販売しております。
(ときどきお休みしますので、遠方からお越しの際はブログでご確認ください)
北広島町有田370-7
TEL 050-5812-5672

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長いようで短かった、母の旅立ちまでの話。(後編)

元気よく入院した母でした。

看護婦さんや先生に優しくしてもらって、
長いこと会えなかった友人や子供達と過ごせたり、
夢のような時間だったと思います。

「今日はみんなで写真を撮ろう!」と、いつも病室へは、カメラを持参していたのですが、
今日より明日はもっとよくなるかもしれない、
いや、急変してこの写真を見るのも辛くなるかもしれない、
いやいや、カメラで写真なんか撮ったら、母は「私死ぬんだわ」って落ち込むかもしれない。

などなどで、結局最後までちゃんとしたカメラで写真を撮ることができませんでしたが、
アイフォンは秀逸なマシンなので、特に問題はなかったですね。。。

母が旅立ってもう4ヶ月。

親の死は通過儀礼、寂しい気持ちは3ヶ月で落ち着くよ。と大先輩方から励ましていただき、
この3ヶ月、というのを前向きに悲しもうと決めた所存でありましたが、
2月くらいからですかね、こう毎日涙が出るようじゃ、いい加減くたびれます。

私は相当ドライな人間だと、周囲から思われてきましたが、
そんな私でも、同居家族の死というものは、
まあ、この3年間のじわじわヒリヒリした一喜一憂な日々もあいまってか、
拭いても拭いても湧き出す液体、のような悲しみと戦う、
未だかつてない壮絶な時間を過ごしてます。

最近は吐き気はなくなったものの、ひとりの時間は
仕事してない時は普通に泣いてます。
怖いですね。
世の中にはこんな人もいるんだなあと我ながらビビります。

けど、この悲しいという気持ちは、絶対に自分の財産になる。
しっかり悲しんどこうといつも思ってます。
こんな風に悲しめるって、すごいなあって、
こんな気持ちにしてくれた母に感謝です。

そして、自動車免許を取る前のような、
「あの人も、あの人も、まあ半分以上の人が、親の死を超えて生きてるんだなあ」
と、社会に対して新たな敬意をはらうようにもなりました。

先日、バリに行った時。

いつもよくしてもらうウブドの拠点ホテルCのオーナーM氏と、
こちらも相当お世話になりっぱなしの、
アメッドのホテルHのオーナーY氏。

3人で朝食を食べていたら、「あ!この3人、最近親が死んだトリオだ!」とM氏。

そう。
M氏のお父さんが12月、Y氏のお母さんが2月、うちが7月。

みんな、笑顔で仕事してるけど、いろんな葛藤があった訳で。
明るく、それぞれの話をしだす。

わりと連絡とりあっていても、暗い話題は出さないのが、
大人のすごいところ。。
私なんて、言いたいことすぐ言っちゃうからなあ。。。

とにかく、母の死では、今もそうだけどたくさんの方に支えられ、
たくさんのことを学びました。
そして、たくさんパワーをもらいました。

さて、母の話に戻ります。

入院してからも毎日美味しくご飯を食べ、メールしたり
音楽聴いたりして、楽しく過ごしていました。

けど、時間とともに時々高熱が出るようになり、
その度に「もうダメかも」という状況が訪れるようになりました。

そして、入院から2ヶ月を過ぎてから、
夜間だけでなく日中も痛みが襲ってくるようになり、
点滴でモルヒネの投与が始まりました。

お医者さんからは、会話などはできなくなりますがよろしいですか?
と言われていたので、覚悟していましたが、最後の1週間まで、
家族と豊かな交流ができていました。

モルヒネで痛みが緩和されると、精神的に楽になり、
そのあとはまた、先生も驚くほど元気になりました。

そして、歩けるようになるために、と、リハビリをはじめ、
担当医からもうちの近くの病院への転院の話なども出る程でした。

モルヒネの量も減らすことができ始め、
こんな風に良くなっていくこともあるんだね、ってみんなで喜んでいましたが、
点滴を、貼るタイプのモルヒネに変えましょう、そうすればもっと楽に動けるから、
と勧められ、貼るタイプのモルヒネに変えたところ、
状態は一変し、高熱が出て、腎不全によりおしっこがほとんど出なくなり、
体内のモルヒネの濃度が一気に上がり、徐々に会話もできなくなりました。

それから10日後くらいに、母は旅立ちました。

私たち家族も、モルヒネの形状が変わることに対してはある程度慎重でしたが、
お医者さんに聞いても「副作用は同じ」としか言われていなかったので、
元気になっていたし、母も点滴が外せる、と喜んでいたので、
こんなにも悪化するとは予想もしていませんでした。

ただ、後になって、「うちの母さんもそうだったよ」とか、なんとか、
同じように、貼るタイプに変えてすぐに死んでしまった、という話を聞きました。

最後に私が病室に泊まったのは、旅立つ3日くらい前だったと思いますが、
発作的にとても苦しんでいて
「あんた痛いの見るの辛いでしょ、ビールでも飲んでおいでよ」と言われました。
で、不思議なもので、そんな風に、ふと、普通に話したりするんです。
その頃、ほんとはまだ紫陽花は咲いていなかったんですが、
「うちの周りの紫陽花が綺麗に咲いたよ、菅沢さんとこのも綺麗だよ」
って花屋さんで買った紫陽花を、朦朧としている母に触らせると、
「あ、菅沢さんによくお礼言っといてね、本当に良くしてもらったから」と、
目を見て言ってきたり。

その日、モルヒネの量を上げ、随時、睡眠薬も導入することになり、
翌日はほとんど会話ができなくなりました。
朝「歯磨く?」と聞いたら「うん」と言ったけど、
自力ではできなかったので歯を磨いてうがいをさせましたが、
それすらしんどそうでした。
こうやって介護が始まるのかなあと思いながら人生で初めて、人の歯を磨きました。

母が旅立った日、数日前に泊まってくれていたマサオが、
みんなもおばあちゃんに会っておいたほうがいい、と、
兄弟みんなを連れて病院へいきました。
私も仕事を済ませて別便で1人で向かいました。

その日の母の手は、少しむくんでいてひんやりしてて、
爪と指の区別がない、マネキンのようでした。

母は荒く呼吸をしながらずっと寝ているだけだったのですが、
それなりにみんなで楽しく過ごし、子供らは「おばあちゃんまた来るねー」と
明るく挨拶して握手して帰りました。

前日から泊まってくれていた東京の妹は、
母さんずっと寝てるだけだけど、時々眉間にしわ寄せてるんだよね、
きっと痛いんだね、って言っていました。

病室に病人と2人というのは相当息がつまる状況なので、
「私見てるから散歩でもしておいでよ」と言うと、
「母さんの手が冷たい!手湯してあっためてあげよう〜」と、お湯で手を温めたあと、
「じゃ、行ってきますー」と出かけて行きました。

見てるとはいえ、することもないので、
横でゴロンと寝ていたら、看護婦さんが「あの、春恵さん」
「石塚さん、息が静かじゃないですか?」
と私に話しかけてきました。

「ん?」と思うと・・・確かに!!

こっからいろんなマシンをつけたりして、
長いと言うような話を聞いていたので、家族にどうやって知らせようか、
ショック受けないように伝えねば。。。などと思いつつ、
「母さんわかる?」と母に声をかけ続けていました。

静かに脈はあったので、看護婦さんが「先生呼んできます」と部屋を出て行きましたが、
先生と戻ってきた時にはもう、すでに母は旅立った後でした。

非現実的なあっという間の出来事でした。

別の看護婦さんが廊下を走ってきて、泣きながら母に挨拶してました。
その後も数名の看護婦さんが来て挨拶してくれました。

おしゃべりな母は先生や看護婦さんと、
人生相談をしたりして楽しく過ごしていたので、
母の死を寂しく感じてくれたようでした。

私と妹と看護婦さんたちで、母の用意していた白いドレスに着替えさせましたが、
後ろのファスナーだったので、割と困難で、次は前びらきのにしなきゃね、と笑いました。

妹がお化粧して、とても綺麗になって、そうこうしてたら
マサオが成美と2人で駆けつけてくれました。

最後の最後までわがままな母だったので、
病室はまるで母の部屋状態。

カーテンから布団からシーツから冷蔵庫まで!
車2台に詰め込んで、引っ越し状態でした。

前もって相談していた近所の葬儀屋に連絡して、
霊柩車でうちまで連れて帰ってもらいました。

葬儀は、キリスト教式で行いました。
母は東京の人なので、親戚や兄弟も遠かったりするので、
お通夜歯せずに、翌日、葬儀場で告別式だけしました。

霊柩車は以前よりデザインの仕事でお世話になっていた、
千代田タクシーのHさんに相談していたので、
母が亡くなってすぐに手配できました。

これはあとで色々とわかったのですが、
支払いなどで病院と関わっているうちに、
死亡診断書など、保険などのために必要な書類の
手続きをしておくとスムーズです。

ざっくりお金の話をすると、
葬儀は霊柩車の費用など含めると60万円くらいでした。
お返しは深川珈琲に用意してもらえたので、とても助かりました。

お花代でいただいたのが80万円くらい。
あと、郵便局の学資保険から30万円くらい入りましたので、
いつものらりくらりとしていてお金のない私ですが、
母のことでお金のことで困ることは全くありませんでした。

それは、母と同居が始まった4年前、母の所持金が40万だったので、
持ってても使っちゃうし、葬式代として保険にしとこう!
だから母さんは入ったお金は全部使っていいからね、って、
10万くらい私が足して、ふざけて入った保険。

学資保険だから、今4年生のなるみが18歳になったらお祝い金で降りるんだって。
でも死亡した場合も30万くらい出るんだって。不思議だ。

友人の郵便局員Sとみんなで笑いながら進めた話だったけど、
S氏と2人で、本当にこんなことになっちゃったね、って、
書類手続きしました。
ネガティヴな案件を信頼できる友人に頼れるというのは、
心底ありがたかった。

ちなみにお墓の相談も、寺子屋時代からのお付き合い、
信頼できるお墓のエキスパートH氏に頼めたので本当に助かった。

母の意見は海に撒いて、だったけど、
兄弟の思いもあるので、ここにしました。
http://www.taiyo-tou.jp/takamagahara/type/jyukisou.html

とにかく、人です、持つべき財産は。

いつもそう思っていたけど、母のことで、
本当に教えられました。

私たちはずっと生きていくつもりで生きているから、
大きなことをたくさん学べたのも、
楽しい時間をたくさん過ごせたのも、
これから過ごす時間のために、ありがたいことばかり。

噂には聞いておりましたが、親の死は、
本当に、ありがたいことばかりなのでした。


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by manboblog | 2017-11-06 13:52 | 日々のつぶやき